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現実はいろんな意味でSFに追いつくべきだし、追いつこうとして良いと思います。技術だけでなく、サポートも。 [生命学]

今日のニュースから。
第三者から提供の卵子で初の受精卵
NHK 7月27日 14時59分

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150727/k10010168021000.html

妻の病気などが原因で妊娠できない夫婦に、匿名の第三者からの無償の卵子提供を仲介するNPO法人が東京都内で記者会見し、2組の夫婦に初めて、ドナーから提供を受けた卵子と夫の精子による受精卵が出来たことを明らかにしました。
会見したのは、病気などで不妊となった女性とその家族、それに専門の医師などでつくるNPO法人「OD-NE」です。「OD-NET」は27日、2組の夫婦に、それぞれ、ドナーから提供を受けた卵子と夫の精子により複数の受精卵が出来たことを明らかにしました。NPOによりますと、民間の卵子のドナーバンクから匿名で提供を受けた夫婦に受精卵が出来たのは初めてだということです。
いずれの女性も体調に異常はなく、今後、ドナーの感染症の有無を確認したうえで、年内にも子宮に移植するということです。
会見では、ドナーの手記が読み上げられ、「不妊治療をしている夫婦の助けになりたかった。生まれてきた子どもがどこかで幸せに暮らしていると思うとうれしいし、私自身の幸せにもつながる」とつづっています。また、夫婦は「感謝の気持ちでいっぱいです。これからは自分たちが頑張る番だと思っています」とコメントしています。
一方で、NPOによりますと、これまでに卵子のドナーとマッチングした合わせて23組の夫婦のうち13組が、子どもが自分の遺伝上の親を知る権利の在り方が定まっていないなどとして卵子提供に至らなかったということです。このためNPOでは、国に対し、第三者から卵子の提供を受けるなどの生殖補助医療について、法律の整備を進めるよう求めています。

『AIDで生まれるということ』という本は、「他人の精子」の提供を受けて生まれた当事者たちの手記がいっぱい集まった本です。研究者が話を聞きまくる鼎談のようなものもある。たぶん「子どもが欲しい、どんな手段でも。」という人の声だけでやってはいかん……、という言い方はちょっと違いますね。やるならやるで、もうちょっと周辺のことを深く広く考えた方がぜったい良いよね、という問題を提起してくれています。

この声に応えきれないうちに、わたしたちは、卵子で同じことをしちゃっているのですね。

AIDで生まれるということ 精子提供で生まれた子どもたちの声

AIDで生まれるということ 精子提供で生まれた子どもたちの声

  • 作者: 非配偶者間人工授精で生まれた人の自助グループ(DOG: DI Offspring Group)
  • 出版社/メーカー: 萬書房
  • 発売日: 2014/05/01
  • メディア: 単行本

その昔、とある女性が、代理母がほしいという話をTVで何回もして、その話が何回も紹介されるだけで決して何も解決してないのに、それであたかも何かが解決したかのようにTVの中で話が進んで行ってしまった、ということがありました。結局その方は海外で代理母を得て子どもを授かりました。子どもという結果以外の「すべて」を置き去りにして。……あのとき感じた一連の違和感に近いものをわたしは感じます。

当事者が抱えている問題の切実な部分によりそうということは、大事だし、大切だし、しなきゃならないと思います。しかし、それは必ずしも、「いいぞいいぞ! そうだそうだ!」と言ったり「たいへんだね! がんばってね! 言ってること全部を是として応援するよ!」と言ったりやったりして終わる話ではないと、わたしは思っております。

「よりそう」なら、関わる医療者は、なるべくなら全部の当事者によりそわないとだめだとわたしは思います。全部が無理でも、あっちもこっちも大々的にサポートする必要があるから何とかしていこうよ!という そぶり くらいは見せた方が良いと思います。

でも、この本によると、AIDで生まれた人は、当事者組織しかないような感じでした。そこに善意の医師が加わってこの本が生まれて来たような。だから、そこに何か臓器移植「医療」と同質の いびつさ みたいなものを感じてしまいます。

また、「知る権利」がまったく整理されないままで動き出してしまったのも残念というか変な傲慢さのようなものさえ感じられるというか、「当事者の気持ちになれば何がなんでも実現しなければならないと思ったからそのへんは考えも行動も足りなかった」みたいな言い訳がなされたとしても、ちょっと、わたしは完全に事後で言っているので失礼だとは思いますが、それでも、かなりアレだと思います。

「本人たちの問題だ」と言って、たぶんブン投げて来たから、こういう古くて新しい問題が今も問題になっているのだと思います。クローンやデザイナーズベビーなどの遺伝子的な技術を前提とする問題群も、同様に、たぶん事後承諾的に「あらあら。」となりかねないのではないかと危惧しています。

また、たぶん、AIDで喜んでいる人もかなりいるだろうとは思うのですが、でも、ぜったい数の問題でもないとも思います。大多数の幸せのために、まっっっっっっったく考慮されない数人がいるという状況は、やっぱりさみしいです。人類の歴史のまさに縮図ではあるのですが。自分の出自を知ってまったく喜べないでいる子どもに対して親が「なんであなたはそうなの?」と言うような、また、自分たち親はこの問題をすでに解決しているので生まれて来たあなたはこの問題を今更むしかえさないで、と言うような、そういう話が出て来ました。自分が自分の出自を思い自分のアイデンティティを今まさにぐらぐらさせている、それをわかってくれない親。わかろうとしない親。それは悲劇だなと思いました。その事態からはおそらく容易に「親はわたしを親の満足のためだけに【作った】のではないか?」という推測が出て来ますから。たぶん違うのでしょうが、その推測は力を常に持たないでいるとは限らないと思います。

とにかく、そういう悲劇が実際に起こっている、そしてこれは明らかに氷山の一角である、ということなのに、まだほぼ当事者組織しかなくて、聞き書き的な研究も、じゃあどうするのが良いのかという方向性も、あんまり出て来ていない。運用する技術の方は研究者がいっぱいいるのに、運用によって生じる家族の形態や心の方は研究者やサポートがほとんどないままでどんどん、どんどん、そのままで進んで行こうとしているのはよくないと、わたしはやはり思います。

「不妊治療」は、もう現状が、「どこからダメなのか」の「どこ」を越えたところにすでに来ているようにわたしには思えています。というか、不妊治療の中のAIDや卵子提供や代理母などは全然治療じゃないという指摘がありますし、わたしもまったくそうだと思っています。不妊を治療せず別のことで代替している。

子どもが出来ないなら養子縁組で良いと個人的には思っています。なぜそれじゃダメだと考えるのかがわたしには正直うまいことわかりません。種としては、遺伝子の多様性にこだわるべきだと思うけど、「自分の」にこだわる意味はないです。「血統」なんてフィクションでしょう。

(……と言うと「おまえ変だ」「その考え方は変わっている」的に複数の人から言われるので、わたしは変か変でないとしても少数派ではあるのだろうと思います。)

とにかくわたしはそのように考えています。そういうわたしが考える内容ですからこれも変な考えなのかもしれませんが、わたしたちは案外、「現時点で可能な技術。やるやらないを判断するのはあなた。」という技術一覧を見せられて、先進的な医師や研究者にのせられてるだけなのではないか? とも思っています。人工授精や体外受精を何度試みても結局授からないカップルがTVで紹介されるのを見ると、ことにその思いを強くします。でもその一方で、体外受精を何回もやってやっと授かったんだという話を聞くと、「良かったなあ!」と思います。

このように、とにかく人間はロジックじゃないので、わたしが「おかしいなあ?」と思うような事態がたくさん起こっても、それで全然良いんだとも思います。「わたしを納得させよ、その後でしか進むことを許さん」とわたしが言ってもそれはアホの遠吠えです。わたしの理解できないこと・わたしが絶対に納得いかないことというのは世界にたくさんあったし、今もあるし、これからもあるのだと思います。わたしの納得いくものだけで出来ている世界というのは、だめです。理由? 「そう囁くのよ、わたしのゴーストが」。

そして、わたしのようなSF作品やファンタジー作品が好きなヲタクには、アトムも素子も人形遣いも綾波もキラもいるので、ロボットやサイボーグや人外知性体やクローンやデザイナーズベビーを愛することはあたりまえに出来ます。好きになっちゃえばそれまで。作品の中の人たちもそうでしたし、作品を味わうわたしもそうだし、たぶん、SFやファンタジーが現実に溢れて来ても、そう思う人がたくさん現れることでしょう。

でも、それでいて、もっと近い、いわゆる「フツウ」ではない形式で生まれて来たフツウのにんげんを愛することがどうしてもできない人や、自分がそのような出自であることでアイデンティティがどうしてもぐらつく人がいます。わたしもどうなるかわからない。今わたしが「実はおまえは誰々さんのクローンなんだよ」と言われて、それが現実であるという裏付けのデータを見せられたらどうなるのか。よくわからない。「人間はロジックじゃないもの」。ただ、どうにかするかな?と希望的観測では思う。でも、ぐらぐらしたら誰かに話を聞いてほしいと思うだろうしサポートしてほしいとも思うだろうと思う。

だから、「その人たちのサポートが十全でないからもっと拡充させましょう」とか、「サポートはその人たちを産生する技術の進歩と同じかそれ以上の速度でやらないとダメでしょう!!!」ということは言えると思います。言うべきだと思います。

わたしたちは「それをやるかやらないか」を判断するのとは違うところにいる、そうなのだと思います。だったらなおさら、いや、だからなおさら、サポート体制を整えるべきだと思います。アトムがや素子がアイデンティティをぐらつかせたときお茶の水博士もバトーもよりそって答えようとしていました。

現実はいろんな意味でSFに追いつくべきだし、追いつこうとして良いと思います。技術だけでなく、サポートも。

なんまんだぶ。

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