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「正しさ」を求めて [法話]

 こんにちは。十勝組・帯広別院、テレホン法話です。
 きょうは、正しさ、ということについて考えてみます。
 わたしたちは、日々、多分あまり意識せずに、正しいことを求め、また、正しくあろうとして、生活しているのだと思います。なるべく、きちんとしようとしている、と言っても、良いかもしれません。
 たとえば、ごはんを食べるときに、こぼさないで、きれいに食べようと思ったり、服を着るときには、ボタンを掛け違えないように注意したり、クルマを運転する時には、きちんと交通ルールを守ろうと思ったり、していると思います。
 そして、ひとが、ごはんをこぼして食べていたり、夏祭りに行って、ゆかたを変なふうに着ている人を見たり、携帯電話で喋りながらクルマを運転するひととすれ違ったりすると、あれっ、それで良いのかな、きちんと出来てないな、と思うんです。また、テレビやラジオ、インターネットなどでニュースに触れるときも、あっと驚くようなニュースや、残念なニュースに接すると、自分はきちんとしよう、正しくあろう、と思うんです。
 でも、自分自身、ごはんはときどきこぼしてしまうし、服が背中の方でまくれあがっているのを知らずにいて、ひとから言ってもらってびっくりしたり、クルマを運転中に携帯電話が鳴ると、出てしまいそうになったりしませんか? すみません、わたしはなってしまいます。
 正しくあろうとすることは、たぶん、それ自体、正しいことだと思います。でも、案外、きちんと出来ていない時や、あんまり正しくない状態の自分は、とっても多いのかもしれません。だからこそ、正しさを求め正しくあろうとするのかもしれません。
 そのように、あんまり正しくはいられないわたしを、阿弥陀さまは知っていて、見抜いていてくださいます。迷うわたしに、正しさを届けてくださいます。
 正しさは、これだ、と言ってつかんで、ふりかざすものではなく、自分には正しさがない、と言って、求め、正しさによりそって、自分は、まだまだだな、と思っていくのが、良いのかもしれないです。
 真実の救いの証拠である、南無阿弥陀仏にふれて、包まれて、日々、間違いながら、正しい方向に、向いていこうとして、わたしたちは、生きていくのだと思います。なんまんだぶ。
 今日のご法話は、十勝、音更、妙法寺、石田智秀が担当しました。代読は〇〇です。ありがとうございました。
 
2019年、7月16日~31日のテレホン法話を担当しました。
0155-21-7777です。なんまんだぶ。
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マロン

凄惨な事件が多くて いたたまれない
by マロン (2019-07-19 20:07) 

chishu

凄惨な事件は、実は多くないです。数は少ないし減ってもいます。ただ、伝え方がセンセーショナル、かつ、同じ一つの事件を何日も何日もずっと伝えるので多いように感じることになっているだけです。減っているから目立ちます。最近は減っているかもしれませんが「相次いでいる」という表現は「相次いでいる」と受け取るべきで「増えている」と受け取るべきではありません。
「昔はこんな事件めったになかった」とまことしやかに言う人もいるのかもわかりませんが、統計的には昔は「こんな事件」がもっともっと多かったのが本当です。
あと、マスコミに先導されすぎて、わたしたちは何かに対して、怒ろう、怒ろうと、しすぎているように、わたしには思えてなりません。酷い事件を求めている。怒りの矛先を探している。不健全です。「怒りの百連発」的なタイトルの番組を見ました。「みんなで怒りましょう」とか「こらしめてやりましょう」とか、コメンテイタも言いすぎです。そういうのに対してわたしは怒っています! と言ったら完全にオカシイので、「嘆いています。」と言っています。
おぼんですね。お体にお気をつけてお過ごしください。うちは明日こども会です。工作のネタを探していて、マロンさんの書き込みに今やっと気づいたところです。長らく放置していて、すみません。
by chishu (2019-08-06 22:25) 

chishu

悲しい事件に接すると、いたたまれない気持ちになります。しかし、いたたまれなさに同化しすぎるのは、優しいからそうなるのですけど、やりすぎると、あまりよくないです。でもマスコミがそういうのばっかり伝えてくるから仕方ない、と思われる場合は、しばらくそういうTV番組を見ないというのも対処法の一つです。本当です。

by chishu (2019-08-06 22:30) 

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