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2022年の本 [本の感想系]

「2022年もたくさんの本を読みました」とは全然言えないくらい少しの本しか読めませんでしたが、濃いぃ本が多かったです。おすすめ本の中から、ひそかな共通性がある本を紹介します。

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小松原織香
当事者は嘘をつく
筑摩書房
2022年1月 1800円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/448084323X/
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森岡正博
人生相談を哲学する
生きのびるブックス
2022年2月 1800円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/4910790004/
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広瀨一隆
誰も加害者を裁けない
京都・亀岡集団登校事故の遺族の10年
晃洋書房
2022年3月 1400円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/B09W9QWTPF/
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藤田一照・阿純章・前田壽雄
忍辱 真実を受け入れる
みちしるべ 六波羅蜜シリーズ第3巻
仏教伝道教会
2022年6月 200円+税
http://bdksales.shop24.makeshop.jp/shopdetail/000000000189/
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塚原久美
日本の中絶
ちくま新書1677
2022年8月 900円+税
https://www.amazon.co.jp/dp/4480074996/
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2022年ナンバーワンは小松原さんです。
年明け早々に決定。
これはもう仕方がないと思います。
読めたら読んでください。

衝撃度では塚原さんのもものすごいです。
日本中が啓蒙され尽くしてほしい。
読めたら読んでください。

あとまでじわじわ引くのが広瀨さん。
帯広の書店にもずっと置いてあって嬉しかった。
読めたら読んでください。

森岡さんは「なんかすごいなこの本ww」という感じです。
それでいてしっかり哲学。ありがとうございます。

前田くんも何も言わずに送ってくれるのですごく嬉しい。
共著3人の中でいちばん真面目でしっかりしてると思いました。
ありがとうございます。

2022年も良い本をありがとうございました。
わたしも頑張って生きていきます。





以下、ほぼ『りゅうこく』掲載のままです。
Amazon用に変更したものもあります。
なんまんだぶ。

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当事者は嘘をつく

当事者は嘘をつく

  • 作者: 小松原織香
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2022/03/25
  • メディア: Kindle版


 今回もっともおすすめの1冊。ただし冒頭部分の告白には面食らうかも知れない。

 著者は『性暴力と修復的司法 対話の先にあるもの』(成文堂)で第10回西尾学術賞を受賞した若き研究者である。今作では自らが性被害(性犯罪ではない)のサバイバーであると認識している旨を述べつつ、読者に問いかけ、突きつけ、寄り添い続けながら、当事者である自分を軸に論考を進める。

 筆致が柔らく、優れた小説のように読みやすい。少しずつ謎が解かれていくミステリーかロードムービーのように進む文章は、最後には自分を棚上げにしない希有な研究者の誕生を当事者の目線で追体験させてくれる。それでいてなおかつ超弩級に重量級の内容には、ただただ圧倒される。

 ちなみに「修復的司法」というのは、犯罪の被害者がすべてを調整した環境下で自分の意思から加害者と会話をすることを選び、それを通して何かを得ようとしていく方法のことである。(日本では定義に用いる言葉や概念に多少の「ゆらぎ」のようなものはあるようだが、「英辞郎」というサイトでは「犯罪の加害者、被害者、地域社会が話し合うことで、関係者の肉体的・精神的・経済的な損失の修復を図る手法。」と説明されている。)

 著者は研究者や第三者による当事者の類型化を嫌う。当事者は「そのこと」だけの影響を受け続ける悲しい犠牲者ではなく、至極当然なことながら、それ以外のことも味わって生きている。人にはいろいろな側面があるし、本書が示すように変化し続ける。「嘘をつく」という衝撃的な表現には、当事者の変化や多様なあり方が含まれているのかもしれない。

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人生相談を哲学する

人生相談を哲学する

  • 作者: 森岡正博
  • 出版社/メーカー: 生きのびるブックス
  • 発売日: 2022/02/18
  • メディア: 単行本


 著者が回答者だった朝日新聞の人生相談をそのまままとめたもの、ではなく、自分が回答した人生相談をもう一度読み直し、そこからたぐいまれな哲学を開始したもの。

 人生相談の回答はネットのニュースなどで拡散されることがある。質問者の人生だけではなく読者の人生の一部も解決しかねない見事な回答はもちろん、質問者が無意識のうちに持っている偏見が暴かれ、別方向に解決されていくような興味深い回答もある。

 本書で紹介される人生相談はそれらとちょっと違う。紙上の人生相談の質問と回答が紹介されたあとで、著者が「もっとこんなふうに考えてこんなふうに回答すべきだったのに」と反省し、あらためて、より詳細な哲学的回答を述べる。この深く新しい回答は本当に質問者の真意を汲んだものなのか、著者が深読みしすぎているだけなのか、それはわからないが、たぶん後者であり、哲学的で唯一無二な回答の過程は著者の哲学の歩みを前進させているようだ。

 真剣に考え始めると答えが容易には導き出せなくなるような物事もある。そんな中、限られた字数でそれでも回答を提示する人生相談は偉大であるし、人生相談からも哲学はこんなに可能なのである。

 著者は、自身の考察が実存的に深められたことをよろこび、質問者に最大の謝辞を送る。哲学は丁寧かつ律儀な営みなのである。

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誰も加害者を裁けない―京都・亀岡集団登校事故の遺族の10年―

誰も加害者を裁けない―京都・亀岡集団登校事故の遺族の10年―

  • 作者: 広瀬一隆
  • 出版社/メーカー: 晃洋書房
  • 発売日: 2022/03/30
  • メディア: 単行本


 2012年4月に京都・亀岡で起こった「無免許の少年の運転する車が集団登校中の児童らに突っ込み、3人が死亡、7人が重軽傷を負う事故」を新聞記者である著者が発生直後から取材し、被害者の家族に10年間、密着したリポート。

 わたしたちは事故や事件の「遺族」と聞くと「悲しみにくれる存在」を思い浮かべる。しかし均質的な「遺族」が存在するわけではなく、誰かが突然に遺族になるので、当然、さまざまな遺族がいることになる。また、遺族は四六時中「遺族」だが、当然ながら遺族ではない側面をも生きている。

 加害者も同様に決して均質な存在ではない。更正を助ける身近な人がいる場合もいない場合もある。そして被害者も遺族も加害者も、一人一人生変化していく。それはおそらく事件が発端となった変化である。遺された家族は遺された家族で生きていく。

 遺族の1人は言う。自分は加害者を許さないが、他の加害者の更正は見守り手助けしたい。同様に加害者にも更正を見守り手助けする人がいるべきだ。だがわたしは彼を憎み続ける。加害者への罰則は不十分であると認識しているが、だからといって自分が加害者を裁いて危害を加えるのは、自分が加害者になるということで、それは亡くなった家族が最も望まないことである。

 10年経っても、何も終わるわけではない。本を1冊読んだだけなのに、まるで10年苦しんでいるかのような錯覚に陥る。丁寧に寄り添って、遺族の心の内側をこんなに感じさせてくれる本はないと思う。

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藤田一照・阿純章・前田壽雄
忍辱 真実を受け入れる
みちしるべ 六波羅蜜シリーズ第3巻
仏教伝道教会
2022年6月 200円+税
http://bdksales.shop24.makeshop.jp/shopdetail/000000000189/

 八聖道(正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)とならぶ仏教の大切な実践である六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)の一つをとりあげ、関連したテーマでエッセイが綴られるシリーズ第3巻。今回の主題は「忍辱」・たえしのぶこと。著者は曹洞宗から藤田一照師、天台宗から阿純章師、そして浄土真宗本願寺派から前田壽雄師。前田師は龍大OBで、わたしと大学院の同期・同ゼミである。

 各エッセイのタイトルに掲げられた、仏教語やそうでない短い言葉について、三者三様に、宗派の特徴的な味わいを述べたり仏教全般に通じる内容を述べたりしながら共通テーマ「忍辱」を考え味わう。読物として楽しく読めるものもあれば、知的な教訓を得てうならされたり、大切な「お説教」をいただくように読めたりする。仏教の奥深さと射程の広さを思う。

 発行の仏教伝道教会から、おそらく全国のお寺に1冊ずつ発送されていると思う。僧侶の多くにはときおり「お説教」をする役目がありがたくも課されることがある。そのときに大いに参考に出来る本でもある。

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日本の中絶 (ちくま新書 1677)

日本の中絶 (ちくま新書 1677)

  • 作者: 塚原 久美
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2022/08/08
  • メディア: 新書


 『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ: フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房)という、少し専門的な書籍の著者による、今回は新書ということもあり、一般向けで比較的平易な内容の、日本の中絶に関する諸問題の入門書。

 自身の経験などをもとに、20年以上にわたり中絶について研究している著者は、日本の中絶に、過度なスティグマ化(負の烙印)や、商業主義と結びついた「水子供養」など多くの問題点があると指摘する。

 帯に大きく「1年に14万件。」とあるのは2020年における日本の中絶件数である。最も多かった1950年代から60年代初頭までの9年間では、届け出のあったものだけで1000万件だったそうである。

 このような膨大な数字も提示しつつ、著者がこの本で問題にしたいのは、中絶件数の多さや中絶の「罪深さ」という方向のものではなく、むしろ逆に、日本の性教育や中絶の特殊性、とりわけ女性を幾重にも取り囲んでいる差別的な状況と、安全な中絶へのアクセスのしづらさ、諸外国の標準的な中絶に関する情報が日本国内では著しく少ないこと、などについてである。

 たとえば、世界中で医師の処方が必ずしも必要ではない状態で使われている安全な経口中絶薬が、ごく最近になり、日本でも認可されつつある。しかし日本の公式なサイトには「安全ではない」という古い情報が掲載されるなどミスリードな状況が続いている。その誤情報と現在の法律にのっとって、どうやら、薬の使用には医師の処方と入院が必須条件となり、費用も保険適用外の自由診療扱いで手術と同額程度の10万円前後と、先進諸外国(700円程度)の百倍超になる見込みであるらしい。これは本書でもそのような危惧が指摘されていて、出版後には実際、著者のサイトからもリンクして紹介している情報にもある。(「日本ではなぜ経口中絶薬に配偶者の同意が必要なのか」BBC 2022年9月1日。これが日本ではなく、あくまで外国の新聞のサイトで指摘されている点に注意が必要なのではないだろうか。)

 外国のやり方が必ず善であるということはないはずだが、それでも日本で行われている中絶の方法と、中絶を「厳罰」化する考え方(村中直人『〈叱る依存〉がとまらない』でも指摘されている)、女性の身体に関する決定権の所在など、日本の現時点でのやり方は、かなりちょっとおかしい。

 著者の前著や本書を読むまで知らないで過ごしていた中絶の事実があまりに多すぎる。啓蒙されるというより、今まで騙されていたのではないか?という感覚のほうが正直強い。大変な本である。少しずつでも良いから変えて行かなければならない。

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