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打本厚史師 ご法話 「白骨章」を中心に [法話]

2023年5月9日 妙法寺(音更)常例法座です。
打本厚史師:専証寺(鷹栖町)がご講師です。



ご讃題
「されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。」
蓮如作『御文章』(『おふみ』)5帖16通「白骨章」より

以前から、報恩講・永代経・常例、何度も来られている布教使さんです。

蓮如さまの『白骨の御文章』をご讃題になさって、わたしたちは、わかってるようでわかっていない、わかっているけれどわかっていない、ということを丁寧に味わわせてくださいました。『白骨の御文章』の冒頭には「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。」と、いたってフツーのことが書かれているけれど、わたしたちはフツーのことが実はわかっていない、だから……! という。

ご門徒さまとのふれあいの中での気づき、書籍を通しての気づきなどなど、多岐にわたる話題から、『白骨の御文章』の中心課題をみっちり味わわせてくださいました。

杉紫朗『御文章講話』
鎌田實
杉本健郎『着たかもしれない制服』
そして
高史明

世の中のすべてが、すべての感動や気づきが、阿弥陀如来の救いの確かさに確実につながっている、ということが半ば体感できるご法話でした。

ありがとうございました。
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